鹿児島 の 集落 や ねだん は 何 に 頼ら ない。 やねだん~人口300人、ボーナスが出る集落~

鹿児島の集落”やねだん”は何に頼らない?【ニュース検定】答えと解説池上彰

杉の丸太はクレーンの重機で切り出され、しばらくは公民館の前に置かれた。 2013年 「子宝観音」建設• 豊重:参加者の7割が行政職員、3割が民間です。 集落内には小さな小屋を回収した「こどもシニア館」がある。 幸せプロジェクトですからね(笑)。 」地域再生のリーダーに求められることとして、3つを挙げます。

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鹿児島県鹿屋市 柳谷集落 豊重哲郎(The キーパーソン)

地域づくりの基本的な細胞のスタートですね。 持続可能な集落とは、やっぱり人が主役。 ボランティアの輪がどんどん広がった。 71年に帰郷してウナギ養殖などを始める。 心の中は穏やかな時ばかりではありませんでした。

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鹿児島県鹿屋市 柳谷集落 豊重哲郎(The キーパーソン)

そのうちいろんな地域から家でも老人ホームを作ってほしいという話が舞い込みました。 集落の演芸大会やイベントがあるときは絨毯を敷いて舞台にするし、子どもたちや高齢者の人がウォーキングするときの休憩所にも使っています。 地域リーダーを育成する「故郷創世塾」の塾生は延べ900人を超え、全国の第一線で活躍中だ。 その姿にその家の住民は涙したという。 農作業の報酬を支払うことはできず、当初は集落住民の協力を得るの も困難であった。

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地域再生 「行政に頼らない地域再生」やねだん・豊重哲郎さん

だから、やねだんはみなし法人で確定申告をして納税までしている町内会なんです。 65才以上が4割という過疎高齢化の集落で1人のリーダーが立ち上がり行政に頼らない村づくりに取り組んでいる「やねだん」で過疎化が深刻な村で先頭に立った豊重哲郎館長は地域住民から無償提供いただいた30アールの畑で1998年に「東京ドームでイチローの試合を観戦する」を目標にしてサツマイモの栽培を始め担い手は高校生で30万円の収益金をあげて東京ドームではなく福岡ドームで試合観戦をしました。 集落の人口は増えた時期もあったが、最近は減少傾向にある。 やねだんという集落で人が継続して生まれ変わり、再生してつないでいくというものです。 これを焼酎にして売ったらどうかと思いついて、2004年に芋焼酎「やねだん」が完成しました。 ボーイスカウト日本連盟理事。 2001年 家畜ふん尿の悪臭対策として「土着菌」製造・販売• 近年、特に力を入れるのが、やねだんの 経験を全国の地域づくりに取り組む人や、 自治体の職員等に広め、地域づくりリー ダーを養成する「やねだん故郷創世塾」だ。

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地方創生「連携・交流ひろば」 24やねだん

論者ではダメ、「汗で語れ!」ということです。 そしてようやく自治会の加入が認められたのです。 それは汗、すなわち活動への参加です。 元TVキャスター。 スタートは行政に頼らない、頼りすぎてはダメということです。

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鹿児島県鹿屋市 柳谷集落 豊重哲郎(The キーパーソン)

1979年~97年 串良町上小原校区公民館長。 豊重哲郎氏 「やねだん」柳谷自治公民館長 人口の減少が続く地域で一番難しいのは人集めである。 だから行政に頼らずに地域をつくる。 それを放送で流すと、この頑固おやじは「おまえには負けた」と涙を流し、翌日サツマイモ畑に誰より早く姿を見せたという。 もともと、この地域では農畜産業が盛んで、サツマイモや落花生、米等 が広く作られていたが、人口減少に伴って休耕地の増加が問題となっていた。 豊重:補助金頼みでは、集落も人も育ちません。 2時間ほど運転し、大隅半島の付け根にある集落にたどり着いた。

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地方創生「連携・交流ひろば」 24やねだん

それをいかに引き出すか。 1年間ゴミ拾いをして入会 住民の理解を得るため山田さんは、1年間地域のゴミ拾いやトイレ掃除をするなどを続けました。 3人の子は独立、妻と2人暮らし。 評判を呼び、全国から視察も訪れました。 オーライ!ニッポン大賞審査員会長賞• 就任直後に出納帳を見て愕然とした。 高齢者の孤食もなく、子どもが地域の中で育つ、みんなが笑って暮らせるコミュニティーを目指し続けたい」。

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