南極 観測 船 しらせ。 海自、南極観測から撤退検討 「しらせ」運用、人手不足で(1/2ページ)

しらせ (砕氷艦・2代)

建造費は文部科学省の予算から支出され、艦の運用はにより行われている。 (ホームページ)• 2020年7月16日閲覧。 2人によると、航空士の仕事は、救難をはじめ人員の乗り降りの誘導、荷物の積み降ろし、目印の投下、記録のための写真撮影など多岐にわたる。 一旦、の横浜製作所本牧工場のドックに曳航され、検査や用途変更船修繕工事を実施するとともに、船名をローマ字表記の「SHIRASE」に変更した。 12「」艦長• の襲撃に備えてが装備されている。 南極では大きな石がごろごろする岩場や、何の目印もない氷の上に着陸することは珍しくない。 。

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【元南極観測船SHIRASE】アクセス・営業時間・料金情報

そのため、外洋航行時、特にている時などは、通常の艦船に比べて揺れが激しくなると言う欠点があり、乗組員の海上自衛官はまだしも、船慣れしていない観測隊員などはひどい船酔いに悩まされることもしばしばだったという。 また、それに先立ち、一般公開前日のにはSHIRASEが係留されている船橋市の近隣住民・市職員・教育関係者向けに先行公開された。 一般公募による名称の応募数順位は次のとおりであった。 南極地域観測隊は、一年間の越冬観測を支える燃料や物資、食糧などを昭和基地に搬入することとしており、予定どおりに輸送が完了すれば、2月下旬に第60次越冬隊と交代して第61次越冬隊が一年間の越冬観測を開始することになります。 一般公募による名称の応募数順位は次のとおりであった。

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しらせ (砕氷艦・初代)

砕氷艦「しらせ(AGB5003)」の主要構造図。 山内豊、「」 『混相流』 2013年 27巻 1号 p. 産経新聞 2013年1月11日• 」などとして、公募時には基準外であった名称「しらせ」を基準内とした。 九州・沖縄• 艦長 [ ] しらせ歴代艦長(特記ない限り) 代 氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考 艤装員長 小梅三津男 2008. - 2009年• 「初代・しらせ」は1981年に起工・建造され、翌82年に就役、2008年に退役している。 「しらせ」の名前は世界に知られていることで、後継船の名前に最適と判断した。 建造費は文部科学省の予算から支出され、艦の運用はにより行われている。 - 千葉日報 2010年 - 株式会社ウェザーニューズ 2010年 - 千葉日報 2010年5月3日• 氷海を航行するので通常の艦船にある、(ローリング(横揺れ)を抑制して安定した航走をするためのフィンで、船底の両側面に装備する)が装備されていない。 最終的に新砕氷艦の名称は「しらせ」に決定することになったが、当時の防衛庁通達では海上自衛隊の砕氷艦の名称は「名所旧跡のうち主として山の名」と規定されていたため、日本初の南極探検隊隊長の中尉の名を付すことはできなかった。

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第60次南極地域観測協力|海上自衛隊 〔JMSDF〕 オフィシャルサイト

活動内容から見れば「南極観測船」であり、運航を担う海上自衛隊の分類では「砕氷艦」と呼ばれる。 1980年6月25日、第69回「南極地域観測統合推進本部総会」において公募の方針を決定するとともに船名選考委員会の設置了承• 椅子やシャンプー台など専用設備が整えられている。 撮影日時、料金等は一般財団法人WNI気象文化創造センターと要相談 施設案内 住所 船橋市高瀬町2 京葉食品コンビナート南岸壁 URL アクセス JR京葉線南船橋駅または新習志野駅からタクシーで約5分 SHIRASE5002で公開された主な作品 <平成30年>• 今回、初めてしらせに乗り込み南極で仕事をした竹本さんは「日本だと着陸するのはせいぜい学校のグラウンドくらい。 「これだけの人材を半年近くも南極に派遣するのはもったいない」(同省関係者)との声も根強い。 艦体後部にとを備えたヘリコプター搭載大型艦で、第二次越冬隊の「の悲劇」を反省して、先代観測船ふじから引き継いだ輸送用の 2機 と小型偵察ヘリコプター1機が「宗谷」「ふじ」に引き続き「しらせ」にも搭載されていたが、1987年には同機種のヘリコプターは海自から姿を消し、1993年から後継機として 1機を装備している。 1980年5月30日、第14回「南極輸送問題調査会議」において艦名について発議• 竹本さんの印象に残っているのは、昭和基地から約120キロの「インステクレパネ」。

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しらせに高校生が「乗船」 (朝日新聞デジタル)

その時点では内で係留されていた。 艦尾に自衛艦旗を掲げたしらせ 予算上の都合により、2008年7月の初代「しらせ」の退役と翌年の本艦の就役までの間に1年の間隔が空いた。 しらせは第62次南極観測隊員を乗せ、11月20日に神奈川県沖から出発。 2010年5月1日放送『』より• 2010年10月から同社グローバルアイスセンターを船内に移設して世界の氷のモニタリング業務を開始する。 駐車場…あり• 今後は、乗組員の仕事ぶりなどを伝えていくという。

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しらせに高校生が「乗船」 (朝日新聞デジタル)

概要 [ ] 3で1. 艦名の由来 [ ] 艦名は先代「しらせ」同様に一般公募され、南極ゆかりの地名(観測基地名もしくはによる地名)が有力視されていた(公募での第1位はに因む「ゆきはら」だった )が、南極に足を踏み入れた最初の日本人・の出身地、秋田県から「しらせ」の艦名を望む投書が多数届いたことから、政府のは、公募時に「防衛省海上自衛隊所属の砕氷艦になることから、防衛省で現在使われている艦艇名は付けられません。 宮崎県出身の浜田さんは高校卒業後、県内にある土木関係の学校の指導員助手をしていた。 なお、東日本大震災の報を受けた「しらせ」は日程を早め22日シドニー港を出発し、4月5日に横須賀に帰港した。 2010年7月19日, at the. に、の被災地の人を元気づけようと、でイベント開催。 近畿・北陸• - 株式会社ウェザーニューズ 2008年7月3日• の観測の任務に利用されていた。 南極航海は往復約半年の長期になるから、乗り組む約260名の活動空間はゆったり目に作られている。 - 作中では民間に払い下げられ、民間観測船「七神屋ペンギン饅頭号」として登場。

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砕氷艦「しらせ」、第62次南極観測協力は昭和基地に直行

統幕の担当者は「既存の自衛隊ファンとは異なる層。 そのため現在は駅前に、ウェザーニューズが入居している幕張テクノガーデンD棟2階Cポート0号店前に集合し、受付・による本人確認をした上で、ウェザーニューズの会社見学を行ってから、社有車で船橋港に向かう形式に変更された。 初代「」後継艦として2009年に就役した。 この船に、観測隊をモチーフにしたアニメに登場する高校生4人が「乗船」。 きっかけは、当時は交際中だった今の妻からの言葉。 ひょうきんな人柄で観測隊員にも親しまれている。 第61次南極地域観測隊(青木第61次南極地域観測隊長)を乗せた南極観測船「しらせ」(竹内艦長)は、現地時間1月5日(日曜日)14時50分(日本時間20時50分)、昭和基地の沖合約400mの定着氷に到着し、昭和基地接岸(基地に桟橋はないため沖合の定着氷接岸)を果たしました。

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砕氷艦「しらせ」、第62次南極観測協力は昭和基地に直行

が竣工するまではの運用する中では最大の規模だった。 朝日新聞 2014-2-17• 東海・甲信越• 「そのとき、子どものころ家族で、岩国基地のヘリの前で撮った写真が親から送られてきて。 なお、「しらせ」の購入代金約4千万円 の他に改修に10億円、年間維持費に1 - 2億円かかるとされている。 2012年3月18日, at the. - 毎日新聞 2010年 - 千葉日報 2010年8月23日• 「ラッキーが重なって南極にこられた。 女性自衛官が初めて乗艦した。 氷海を航行するので通常の艦船にある、(ローリング(横揺れ)を抑制して安定した航走をするためのフィンで、船底の両側面に装備する)が装備されていない。 統幕の担当者は「既存の自衛隊ファンとは異なる層。

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