松岡 和子。 【インタビュー】松岡和子(翻訳家・78歳)坪内逍遥、小田島雄志に続きシェイクスピア全作品を翻訳「世界は舞台。人間は役者。夫の死の際は『ハムレット』の言葉が心の支えでした」

『ロミオとジュリエット』の日本語訳比較

『画集』( 1982年)• 『』(劇書房 1988年)• (2010年)• 貧乏だったので叔父から本を買ってもいいよと言われて本を読んだことがありました。 (2008年)• まあ、ああした場合は多少の欠礼は勘弁してもらおうよ。 全三部(2009年)• 「大喧嘩したこともあります。 (中野版) ここまでは松岡版と中野版の雰囲気が近いですが、このあとももう少し続く掛け合いを見ると三者三様の訳がなされています。 〔中略〕楽しいクリスマスの季節の最後の一夜。 マライア それよりね、サー・トービー、夜はもっと早くお帰りにならなきゃ。

>

母親自慢 翻訳家 松岡和子: 日本経済新聞

それぞれが助け合い、尊重し合いながらやるべき仕事をされているご家族なのかなぁと想像しました。 『マンハッタン式家族あわせ』( 1983年)• そうすれば私はもうキャピュレットではない。 (取材・文/矢島裕紀彦 撮影/宮地 工). さすれば、私も今を限りキャピュレットの名を捨ててみせますわ。 そして女の人にとっての あらまほしきジュリエット像と、 男の人にとってのそれは違うんだと。 松岡 34作目です。 人間観察が何よりですし、ひとりひとりを生かす力も凄いです。

>

母親自慢 翻訳家 松岡和子: 日本経済新聞

サー・トービー 身をつつしむ? これ以上いい服に身を包むなんざごめんだね。 いかに入り組んだ文章なのかを 「あとがき」でたっぷり語ったくらい(笑)。 (2014年7月)• (2010年)• (2015年3月)• (2012年8月)• 『深読みシェイクスピア』(新潮選書 2011年/新潮文庫、2016年) 共著 [編集 ]• (2007年)• マキューシオ 当たり。 。 nui-icon--icon-paperviewer-first,. 演劇は社会の縮図だと思います。

>

ほぼ日の学校「シェイクスピア講座2018」

原文の中にある敬語は生かすけれど、勝手につくるのはおかしい。 大学に入ってのぞいたシェイクスピア研究会では、 先輩が読んでいた『ハムレット』の亡霊のくだりで、 毒を注ぎ入れる耳が「ears」と複数なのが気になって 「両耳に毒を入れたんでしょうか?」と尋ねたら 先輩たちに冷たい目で見られて遁走(ごく最近、 このとおりに演じられた舞台に出会いましたが)。 私自身も、あんな死に方ができたらいいなと思いますね。 『』(劇書房 1985年)• 父が満州国の管理をしていたので私と妹は満州で生まれて、弟は引き上げの途中で生まれましたが、その時点で父は旧ソ連に抑留されて11年間いました。 337• 私の健康法のひとつですね」 松岡和子(まつおか・かずこ) 昭和17年、旧満州生まれ。 そうやって原文を書くようになったのは、 いつごろからですか? 松岡 10年くらい前かな。 nui-icon--isekm-reason-industry,. ボトムは職人仲間の出たがり屋で、ロバに頭だけ変えられてしまう3枚目中の3枚目だった。

>

vol.6 松岡和子

一方、大学のときに原文上演の『夏の夜の夢』に 人手不足から駆り出されて出演することになり、 芝居の魅力に目覚め、1973年にピーター・ブルック演出の 『夏の夜の夢』を、1989年にジョン・ケアード演出の 『夏の夜の夢』を見て感激して 『すべての季節のシェイクスピア』に一文を収め、 串田和美さんのオファーで94年に『夏の夜の夢』を新訳。 春の訪れを祝う復活祭まではまだまだ厳しい寒さに耐えなければならない。 (小田島版) 序詞役 古き情火は消え果てて、 若き情けぞ萌え出ずる。 だったら劇作家がやってもいいのにと思っていたくらい。 全三部(2009年)• 覚悟がすべてだ。 ロミオ その言葉どおりに受け取ろう。 当時は検閲も厳しく、逃れるためのしたたかさもあり。

>

シェイクスピアを読もうと思います。松岡和子さんの翻訳にしたいと思...

著書に『深読みシェイクスピア』などがある。 ・(1997年)• (2009年)• だから、私はその部分を〈あなた〉から〈旦那様〉に変えました。 ちゃんと一語一語。 (2006年)• 1月23日放送の「あさイチ」9時台の特集で、翻訳家・松岡和子さんのシェイクスピア作品に挑む様子が紹介されていました。 マキューシオ そういう大事なご用があると、使い過ぎた腰が曲がらなくなるもんな。 私が小学校に上がる1~2年前のことでした。

>